成長

夜中に目が覚めてトイレに行く。
ふと洗濯機の横のかごに目がとまった。
その日の栗の恰好そのまま、小さなTシャツとズボンが僕らの脱いだ服の上に大の字にのっかている。
産まれてすぐの頃は肌着やガーゼのタオルは僕らのものと一緒に洗いたくないからと別のかごに入れていたのに、いっぱい汗を吸った大きいのと小さいのととびきり小さいのが一緒に寝てる。
誕生からもうすぐ一年。
いつの間にかおっぱいを卒業し、テーブルに座って一緒にご飯を食べたり、真剣にテレビを見たり、
つかまり立ちして、手を離し、2、3歩歩いてみせたり、たった一年でどんどん子供らしくなってくる。
こうしてその時々の成長ぶりを確認していかないともったいない。
あっという間だもん、大人になるなんて。

好きな季節がやってくる

台風だから家中の窓を閉めきって寝たのに、全然暑くなかった。
どころか肌寒くて押し入れからタオルケットを引っ張りだしたり、
長袖のシャツを着たりした。
いきなり秋の気配。でも、ようやくだなぁ。もうすぐ10月だし。
店の中も夏の匂いと秋の気配が入り混じった様子で、いつものことながら少しずつ商品が入れ替わる。
僕もまだ短パンとTシャツにビーサンだが、シャツを羽織ったり、靴下履いたり、いつの間にかマフラーを巻いたりする季節がやってくるのだ。
おとといニットのベストを買われたお客様も冬、楽しみだろうなぁ。
陽の光も暑いと感じるより暖かいと感じるほうが好きだし、空気もひんやりとしてるほうが気分がいい。
なにより食べ物がおいしく感じるしね。

「それでも、生きてゆく」

昨日もオンエアーの時間は起きていられず、録画したものを真夜中にひとりで観た。
夕日ではなくて朝日ってところがいい。
オンが死んでから朝日を拝むことがなくなった。
毎日新しい一日が生まれる。
眩しい太陽をみつめ、誰かのことを想い、幸せな一日になるように願う。
どんなに離れていてもその気持ちを大切にできたらいい。
深見さんと遠山さんの最後のデートは胸が苦しくなるほどせつなかった。
セリフも演技もすごく良くて、毎回楽しみにしてたから終わってしまってちょっと寂しい。

9月のお休み(予定)のお知らせ

6日(火)から9日(金)まで出張のためお休みいたします。
5日と10日は5の倍数で普段は定休日ですが、5日は通常通り、
10日(土)は午後3時から営業いたします。
その他に15(木)と20(火)30(金)が定休日となります。
みなさまにはご迷惑をおかけしますが宜しくお願いします。

『坂の下の湖』 伝えたい言葉

そりゃ大人になれば、いろんなことが解りすぎて、次第に夢や希望を持てなくなり、不平や不満ばかりでてくるのは仕方ないだろう。
でも、
『どんなに息苦しくて閉塞した社会だろうが、きみの青春は今の時代にしかない。
むざむざ時代の空気に染まって、周囲と同じ暗い顔をしている必要などない。
きみは仕事でも恋でも夢でも、自分勝手に追いかけて行けばいい。』
この石田衣良さんの言葉に僕は激しく同意する。
当然、若い世代に向けられた言葉だけれど、まだまだ未熟な僕らだって似たようなもん。
どの時代をいくつで生きようが、今を楽しまないのはもったいない。
無責任だと思うかもしれないが、僕は今、この瞬間も子供のように夏を楽しみたいと思っている。
なんにもない、時が止まったようなシンプルな夏がここにはあるよ。
みんな遊びに来たらいいのに。

花火

日曜の夜、相棒のほうから珍しく「花火、見に行かない?」と誘ってきた。
栗に初めての経験をさせたいらしい。0歳の赤ん坊にドーンと心臓に響くようなうるさい音は大丈夫だろうかと心配だったけれど、やっぱり花火は夏の風物詩、観ないと損。少し離れた場所なら大丈夫だろうと、急いで夕食を済ませ、シャワーを浴びて出掛けた。会場はすでに人でいっぱいで車も並んでいたから駐車場には入れず、ぐるぐる回って路上の空いたスペースに停め、そのまま車の中から空を眺めた。花火の上がる前の空のスクリーンには贅沢な前座みたいにたくさんの星が輝いていた。会場からだいぶ離れたつもりだったがそれでも結構近くて、音も凄かったけれど、ちびは全く動じず、すーすーと寝息を立てて寝ていた。せっかくの初体験はお預けだ。
二人で次々に上がる花火を見ていたら、記憶はなぜか30年も前に飛び、『夏』がどれだけ特別でわくわくしたかを思い出した。頭の中の18歳の自分がハッと気付いたのは、こんな夜に、こんな夜なのに、Tシャツに短パンにサンダルなんてありえない!一番のお気に入りのシャツを着て、パンツを履いて、スニーカーもそう、目いっぱいおしゃれをして出かけるだろう!誰かと会う約束をしたわけでもないけど、何かを期待しておしゃれをする。お祭りの日だけではなく、いつでもそんな気分だったはずだ。
私服を気にしだしたのは中学生くらいからだったろうか。洋服やでありながら、どこへ行くのもなんでも同じで過ごしている今の自分はその頃の僕からすれば「あっげー!」だ。きっと。
せめて家族全員で浴衣だな。

スコール

島がだんだんと活気づいている。
里帰りのお客様や観光でいらしたお客様(リピーターが多いのでやっぱりお帰りなさいの気分)
初めましてのお客さまの笑顔も嬉しい。
ここ何日か、太陽ぎらぎらのいい天気だと思っていたら、もくもくと大きくなった入道雲がぶわーっと近づいて来て、洗車機のシャワーのような雨を降らす。斜め45度くらいで家に飛び込むように降ってくるから、急いで窓を閉めたり、洗濯物を取り込まなければならない。
日中だけでなく、夜中や明け方も、クーラーをつけず網戸で寝てるので、あわてて飛び起き窓を閉めて回る。
おかげで寝不足になるけど、まぁ平和でのどかな夏の自然との闘い。
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遺伝子

今日から7月、初日くらい更新しとかなくては。あと、ずっと忙しくてパソコン開く暇もないかもしれないのだから(嘘)
図書館で借りた三冊の本のうち二冊が偶然にも同じテーマを扱った内容だった。
ドナーバンク、父親の不明、遺伝子・・前回の日記と重なるようだが、父親の存在についてまた考えさせられた。僕は遺伝子や家庭環境によって、子どもの性格や人生が決まってしまうとは思いたくない。誰だっていいところ、悪いところ、長所、欠点を持っている。それを自分で知り、ちゃんと抑え込んだり、また活かすことができたらいいと思う。僕自身は子どもの頃から父のようになりたくない、ならないよう、似ないように生きてきた・・・つもりだったが、大筋は父と同じような軌跡をたどっている気もする。ずっと反面教師のように思ってきたのにだ。抑え込もうにもできないこともあった。そして未だ自分を活かすこともできずにいる。しかしこの年になってもまだ僕は自分を信じている。ちゃんと何かの、誰かの役に立ちたいと思っているのだ。子供が自分に似て欲しいとは思わない。それぞれの個性があり、違う魅力が育つほうがいい。ただ、笑ったり泣いたりするツボが同じだったりするとちょっと嬉しい。