年末年始の営業のお知らせ

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年内は31日まで、年明けは2日から営業いたします。
営業時間 30日、31日、2日、3日は30分短縮の11時~18時まで、
4日から通常営業となります。
宜しくお願いいたします。
※追加のお知らせ
2日はおせちもいいけどカレーもね!
ということでRainbow cafeが出店することになりました!!
初のコラボ楽しみです。

本日 お休みいたします

大変申し訳ございません!
私用が重なったため本日臨時休業いたします。
お客様にはご迷惑をお掛けしますが宜しくお願いします。

2012 12 07

朝の散歩が気持ちいい
ひんやりした新鮮な空気を思いっきり吸いながら
誰もいない道をのんびり歩く
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こんなのや
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こんなのも
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みんなこいつのおかげ
写真クリックしてさらにもう一回クリックすると大画面で見れます。

2012 11 23

三連休、雨のスタートですね。
25日の日曜日も休まず営業いたします。
宜しくお願いします。

OPENしています!

本日 5の倍数ですが営業いたしております。
生憎の曇り空ですがのんびり穏やかな空気が気持ちいいです。
是非遊びにいらしてください。

一枚の写真

僕には叔母がたくさんいる。
そのほとんどが母方の親戚でみんな奄美で暮らしているが、一人だけ島にいない父方の親戚がいる。父の妹だ。
初めて会ったのは、僕が小学校の3年生くらいの時。
叔母さんは鹿児島市内に住んでいたので、もしかしたら、もっと小さな頃に会っていたのかもしれないが、僕が覚えているのは奄美にだんなさんであるおじさんと二人で遊びに来た時のことだ。
記憶の中のおばさんは少し父に似ている。
だから、ごつくてあまり女らしくない顔のはずなのに、
僕はそのおばさんの顔が大好きだった。
おばさんは鹿児島弁でしゃべるから雰囲気がやわらかく、一緒にいるとなんだかほわんとした気持ちになった。
奄美に遊びに来た時、家のそばを流れる川の上流にある滝壺へと案内したことがある。そこでおばさんの水着姿を目の前にしていっちょ前にどきどきした。(おばさんというとイメージ良くないが20代のぴちぴちの女性ですから)
僕が少し成長して高校生になった頃、父の暮らす金沢まで一人旅をした。
帰りに寄った鹿児島ではおばさんが車で迎えに来てくれた。カーラジオはあの荒木大輔が活躍する夏の甲子園。ぎらぎらした熱い太陽の一日。
「ちょっとデートしようか」って叔母さんは近くの公園の駐車場に車を停めた。
まだ1歳くらいのいとこが一緒でまっ白い歯がうらやましかったのを覚えている。
そのいとこと一緒にミニSLに乗った。頭の上くらいの高さをモノレールみたいに走っていて、叔母さんはそれを下から見上げてにこにこ笑っていた。
そして次に連れて行かれたのが、公園の敷地内にあったおしゃれなカフェで、おばさんの友達が5、6人、先にテラス席に座ってお茶を飲んでいた。
そのうちの一人が「あら、まぁ若いツバメが一緒でいいわね」といい、
叔母さんは「でしょ~」って笑って答えていた。
まだ髭も生えてないつるんとした顔を僕は赤くした。
叔母さんは、おじさんと二人の子供、それから自分の母親、つまり僕のばーちゃんと谷山で暮らしていた。
「久しぶりにおばちゃんと一緒に寝ようか?」とからかわれたが
照れ笑いを返しただけで、ばーちゃんの部屋で布団を並べて寝た。
次の日はレコードを買いに街まで車で送ってもらった。
昨日と打って変って大雨が降っていた。
アーケードの中にあったその店で、おばさんは僕が選んだレコードをさっと奪うと「記念におばちゃん買ってあげる」とレジに持って行った。
発売されたばかりのQUEENのアルバムで思いもかけず大切なお土産になった。
島に帰って一週間くらいして叔母さんは用事があって一人で島にやってきた。まだ夏休みは続いていて、旅から戻ってからもまだその余韻が抜けずにいた僕は、またおばさんに会えて嬉しかった。
おばさんが家にいたのはほんの一時間くらいだっただろうか。
母と一通り世間話をしたあと、とんとんと階段を上がってきて、僕と友達の間に割り込み、
「おばちゃん、これ得意なんだよー」って一回だけトランプをした。
何のゲームだったかはもう思い出せない。
「邪魔したねー」っておばちゃんが帰って行って僕はしばらく頭がぼーっとなって、
それからものすごく寂しくなった。
それがおばさんの最後の記憶・・・ではなく、最後に会ったのはそれから半年後、高校を卒業して、僕が東京に行く前の夜だった。鹿児島まで船で行き、それから列車や新幹線を乗り継いで東京を目指す旅の途中の一日。
その晩、「最後だからおばちゃんと寝ようか?」とまたからかわれたが、
僕はやっぱりえへへと笑い、ばーちゃんと一緒に布団を並べて寝た。
そのかわり、おばちゃんは
「あなたは私たちの希望だからね。東京に行ってどんないい男になるか楽しみにしてる。頑張れ!」
と言ってくれた。
それがおばさんに最後に会った記憶。
あれから30年、
僕はたいした人間になっていない。
どちらかというと父親と同じような人生を送っている気がする。
でも僕はちゃんと誰かを愛することを覚えた。
すごく時間がかかったけれど。
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 おじさん、妹、おばさん、ばーちゃん(その陰に僕)、母ちゃん

2012 10 26

あったかい珈琲の入ったマグボトル、お気に入りの曲をたくさん詰め込んだipod、読みかけの文庫本etc
大好きなものをお供に落ち葉の公園をざくざくと散歩したい。そして「やぁーきぃたぁてぇー♪」の石焼きイモ屋さんに遭遇するとなお嬉しい。・・・と、まだ半袖Tシャツ一枚の南の島で寒い冬を想像してみる。

2012 10 23

実はうちの店、OPENして10年が経ちました。
これは月並みな言い方で申し訳ないのですがお客様のおかげです。
本当にありがとうございます。
よく続いたなと思う気持ちと、やりたいことをやって、それしかなかったのだから
続いて当たり前という両方の気持ちがあります。
初めてのお客様にお買い上げいただいた時の感動や、本当にこんなに暇で大丈夫なんだろうかと不安になったことや、次第にお客さまが増えてきて少しほっとしたことなど、OPEN間もない頃のことは今でも鮮明に覚えています。
毎日、毎月、毎年の繰り返しの中で比較される売り上げの数字。
上がっていくときがあれば、下っていくときもある。
売り上げが悪くなっても誰にも責められたりはしないけれど、その分生活が苦しくなる。
安定して生活していくためにはある程度の売り上げをキープしなくてはいけない。
そのためにしなくてはいけない最低限の努力も僕は怠っているのかもしれない。
ただ、僕らは基本的に本当に好きなもの、自分たちがいいと思うものを集めて見てもらい、
お客さまが同じように感じて気に入っていただけたら、それが喜びの共有になると信じている。
日々の仕事の一番大切な部分だと思う。
今年の6月、この10年のなかで一番低い売り上げを記録しました。
その責任をとって(都合のいい言いわけですが)店を閉めるのではなく、僕自身が店を辞めようと思いました。
本当はもう店にいるのが辛くなってしまったのです。
物を売るのが、すすめるのが、嫌になってしまいました。
心から楽しく笑って接客できなくなってしまったら、もう店にいる必要はない。
相棒に任せて裏方に徹しようと思ったのです。
そのためにチビを保育所にいれたりの準備をしました。
最初の一ヶ月(7月)はなんとか思うようにシフトできたのですが、
次第に家での仕事が相棒のほうが多くなり、僕はまただんだんと店にいる時間が増えてきました。
そして今はほとんど元のまま、僕が一人で店にいることが多くなりました。
若返り作戦失敗です。
でも、僕が最近感じるのは、ずっと長くお付き合いいただいてるお客様の他に、初めてのお客さまも
多くいらっしゃるという事です。
今日もそうでした。久しぶりに来られたお客様に、初めていらしたお客様。
お店は物を見つけるだけでなく、人と人の出会いの場でもあります。
その誰がいらっしゃるかわからない、どきどき感はお店ならではのものです。
店を始めた当初、僕らは空気のようにあまり目立たないようにしたいと思っていました。
お気に入りの服を見つけるのに、ほんの少し手伝うことができて、結果一緒に喜べたらそれが僕らにとっての充実感につながります。
それを僕一人ではなくまた二人で味わえたらいいなと思っています。
それが僕がお店を始めるときに考えていたこと、空気が流れる場所、居心地のいい場所。僕と相棒のイニシャルをつなげたairyという名前に込めた思いでもあります。
透明な空気のように一緒にいれたらいいなと。
できれば、無駄な恰好をつけず、歳をとってもできる限り店を続けていきたいと思っています。
いろいろ反省しなくてはいけない事ばかりですが今後もairyを宜しくお願いいたします。
頑張ります!

2012 10 22

西陽の射す季節になりました

日が暮れるのがだんだん早くなってきた。
店は夕方になると西日が射すようになり、そのため商品に日光が当たらぬようレイアウトを少し変えなくてはならない。午前中とこの時間ではちょっと違う店になる。
出張の間に過ごした時間と今ここで感じる時間の違いについてちょっと考えてみた。
都会の一日も同じように短くてあっという間に過ぎてしまうが、
その間に目に(脳に)飛び込んでくる風景(情報)のボリュームが違う。
移動する手段、場所、どこに行っても多くの人波に飲まれる。
あんまり人が多すぎるのは困るがそこそこにぎわう場所は好きだ。
都会の真ん中で雨宿りに入ったカフェでは、広い空間にたくさんの人が適度にざわつく程度でお茶を飲んでいて、窓の外の景色も車や人や犬が忙しく流れて行ったが、ただそれを眺めているだけで楽しかった。
建物や街並みなど風景自体は変わらなくても、いろんな人がひしめく都会ならば毎日同じ景色にはならない。
普段、絵葉書のように固まった風景の場所にいるから余計そう感じた。
そうか、都会は自分が止まっているから周りが忙しく流れてみえるのだ。
反対に止まっている景色を動かすには、自分が動けばいいのか。
朝早く起きて散歩に行ったり、ジョギングしたり、サイクリングしたり、海に入ったり、
仕事が終わってからも遊びに行く、飲みに行く、またはもっと働く?
・・・やっぱり違う。それだと満たされないものを他で埋めてごまかしてるだけだ。
今、本当に見失ってるものをもう一度見つけないといけない。