日曜日、ずっとお会いしたかったお客様がいらした。かれこれもう15年来のお付き合いだ。
洋服をおすすめするのはもちろんだけど、毎回いろいろおしゃべりをするのが楽しい。季節ごとのお買い物のついでに、例えば音楽の話、僕が高校生の頃好きだったアーティストのことを日記に書いたら、「私もファンだった!すごい近くでライブを観たことがあるよー」って話してくれた。それは本当に貴重な体験だったんだってわかる。例えば夏の夕暮れ、椅子に座って本を読み、ギターを弾き、屋根の上では猫がのんびり寝ているようなときに、お客さんが車でそうっとやってくる。そこでようやくお店になる。放っておけばそのまま忘れさられてしまいそうな店に、またいつかと同じような時間が流れる。新しい服のにおいとたまに本や珈琲の香り。本当はもっとゆっくり、のんびりと過ごしたい。過ごしてもらいたい。時間やお金と追いかけっこするのはひとつも幸せじゃあない。
2018 03 03
僕は基本食いしん坊の大食いだ。それは小さいころからずっと変わらない。いつでも大盛りをペロリと食べる。ストレス発散をするとかではなく、うまいものを遠慮せずたらふく食べるのが好きだ。高級なものとか珍しいものとかあまり興味がない。というか食べたことがない。美味しいものは誰が食べても美味しいはず。でも全然美味しくないのに美味しいっていう人もいる。好みが違うっていえばそれまでだけど、味覚の鈍い人とは通じ合えない。やっぱり「おいしいねー」を分かち合える相手がいい。いつも本当に美味しいご飯を作ってくれる人に僕は自分の好きなものをいろいろすすめた。そのB級なおいしさをわかってくれた。合わせてくれたのではなく、本当にその味を好きになってくれた。もっとおいしいものたくさん知ってるし作れるくせに。その人たちが作る料理はどれも絶品で、出張の際、都会のどんなお店で何を食べても、やっぱりべーちゃんのが一番だよなぁって思う。そんないつも身近にあった幸せがあと数か月で終わってしまう。これって一大事だ。そっちかよって思うかもしれないけれど、美味しいねーって言いながら一緒にごはんを食べるってそれだけですごく幸せなことなんだよ。
2018 03 02
子供の頃、夕方にとてつもなく寂しさを感じることがあった。たいてい一人で家にいる時で、勝手に空想をしてしまうのだけど、それはいつかこの世界が終わってしまうってことだった。正確には世界が終わるのではなく、自分が死んで、そのあとの世界を知ることができなくなるってことなんだけど、もう漫画の続きもテレビも観れない。大晦日になったら紅白だってやるだろうけど、僕は結果を知ることができない。僕がいなくなっても地球は回る。そんなことを考え始めたら苦しくなって心が真っ暗になった。だからなるべくこの空想の世界に入り込まないように、僕はいつもテレビをつけて、窓の外から半分だけ体をだして、この世界にちゃんと自分が存在してることを感じようとした。その頃の僕の世界はとてもちいさく、家族と親戚と友達と、学校の行き帰りとじーちゃんとばーちゃんのいる田舎の風景、そしてブラウン管の中。そんなちいさな世界が消えてなくなることがとても怖かったのだ。夕方、一人で家にいるときにこの怖い空想に憑りつかれそうになったら急いで明るい朝を思い出すようにした。学校の教室で窓を掃除している。窓に朝日があたってぴかぴか光る。友達のにぎやかな声。チャイムの音。何でもない日常がとてもありがたかった。今の僕の世界も変わらずとても小さい。もうその世界が終わることを想像しても寂しくなるなんてことはないけれど、今も自分がこの世界でちゃんと生きてると実感するのはやっぱり人と触れ合う時だ。なんでもない日常でも、たくさんの笑顔に触れていれば幸せな気分になれる。
2018 03 01
今日は風もほとんどなくなり、陽射しが暖かく春らしい一日になった。
高校を卒業して島を出るまでの長い春休みが始まる。18歳だったその頃、僕はずっと音楽を聴いていた。
へたくそなギターを弾きながら、洋楽も今でいうJ-POPもアイドルの歌謡曲もなんでも聴いた。
東京の小さなアパートの一室でもそれさえあれば何も寂しくないと思った。僕よりも年上のアーティストたちが作った歌は僕にはまだ未経験の感情ばかりで、たとえば初めて恋をするときも、またそれを失うときも盛り上げてくれたり慰めてくれたりした。
そして大人になって、自分よりも若いアーティストの歌にはあまり共感しなくなった。
やっぱり聴くのは古い歌ばかり・・・・だったのだが、今あいみょんにはまる。22歳の女子なのに、純粋な男(少年?おっさん?)の気持ちをストレートに歌っている。すごいなぁと素直に思う。
2018 02 28
お風呂の中で「ねぇねぇおとうさん、おとうさんはおとなのおとこの人でだれがいちばんすき?」と小1のチビが訊いてきた。ちょっと考えて「やっぱりむーじぃかな」と言うと、「えー、おとうさんはじぶんのおとうさんがすきじゃないの?ぼくはぼくのおとうさんがいちばんすきだよ」と。「おとうさんはじぶんのおとうさんがあまり好きじゃなかったんだよ」と答えたが子供の頃はきっと大好きだったんだと思う。
「おとうさん、でもね、ぼくはたまにおとうさんがおふろに入らないでねるときがあるから、そのときはキライ。だってクサイから、なんかおならみたいなごみみたいな、ひげのにおいがするもん」だって。
2018 02 27
いつもより追い込みのキツイ月末のその気分とは裏腹に陽射しが夏のように眩しい一日。
節田の店は音楽を鳴らすのももったいないくらい静かででそのままウトウト昼寝ができたら最高だった。
そんななかいらしたお客さんの「夏物はいつ頃入るんですか?」の気持ちもわからなくはないが、今はようやく春物が出揃ったところ。夏のアイテムはこれから発注し、GW前あたりから入荷が始まる。まだプリントTシャツやタンクトップ、短パンにビーサンの夏のアイテムが得意な店のイメージが残っているのだろうか。もうALOHA~な店じゃないんだけどな。
2018 02 26
春のコートを買ったら白いスニーカーが欲しくなってスニーカーを買ったらそれを履いてどこかに行きたくなったと今日飛行機の予約をした。まだちょっと先のスケジュールだけど新緑の季節に関空から京都までの旅。格安エアのおかげで島に来る観光客も増えたが島の人間が都会に遊びに行くのも容易になった。ただいくら安くても行って帰ってくるだけではもったいないといろいろプランを考える。僕の場合はどうしても仕事につながるようにしたくなるが、もっと気軽に旅にでれたらいい。75歳と64歳と61歳の姉妹旅。おともをしてガイドをしたいところだが水入らずただ一緒に初めての風景に出会えたらそれでいいみたい。
2018 02 25
毎週日曜日は一応週の区切りということでまた明日から新しい一週間が始まるのだが、ここで疲れがどっと出る。
元旦だけがお休みの身としてはどこかでリフレッシュしなくてはいけないと思うけれど、なかなかこの働き方改革がうまくいかない。
夕飯を食べに行った身内の店で「明日、バニラエアの格安チケットの予約発売があるよ」って伝えたら是非チケット取って!と頼まれた。母親に至っては「そういえば夢で見たのよね。なんだか10周年とかの記念であんたがみんなを旅行に連れて行くって」
確かに安いチケット取ってみんなで行けたら楽しそうだ。いつ、どこに、何しに行くかはチケットが取れたら考えたらいい。日常と違う場所へ出かけ、また新しい刺激をもらって帰ってくる。以前は展示会に行くのがそれであり、自然とできていたのだけど、子供の学校やタイミングが合わず、いく回数が次第に減ってしまった。これからは、なるべくたくさん出かけよう。母親や叔母たちにも動けるうちにたくさん楽しんでもらいたい。
2018 02 24
今日の宿題(日記)を早くやらなきゃと思いながら、女子カーリングの日本VSイギリスを最後まで観る。2時間半の試合なら野球と同じだが、地味なスポーツなのに観ていて飽きない。
スノーボードのハーフパイプのような危険と背中合わせの華麗な技をハラハラドキドキしながら観るのもいいが、一投ずつじっくりと作戦を立てて攻めたり守ったり、また思惑と違う位置になった石が結果、功を奏したり、なかなか奥が深く面白い。銅メダル素晴らしかった。相手の最後の一投はまるで誰かの見えない手が彼女たちのために黄色い石をそうっと真ん中に寄せたみたいだった。全11試合、オリンピックの期間中、一番テレビに長く映っていたのは彼女たちだろう。愛嬌のある笑顔が可愛くてファンになったが、これで見納めと思うと寂しい。カー娘ロスってやつ?
2018 02 23
「時間がたって思い出したときに想い出になるんだよ」
って相棒からのLINE。どうした?って聞いたら小1のチビが日記を書いていて、今日のお別れ遠足のことを書いてるからいい思い出になりましたって書けば?って言ったら、まだ想い出になってないと答えたらしい。
さすが!今を生きてる。想い出を作る間隔はまだ無いよね~。歳をとるとつい、今の瞬間も想い出のアルバムのように収めたがる。人生は今の連続だからずっと進行形だ。わざわざ覚えておこうとしなくてもずっと忘れられない瞬間ってのもあるんだよね。素敵な想い出にたくさん巡り合えますように。
