昨日はおとといの大雨が嘘のようなピカピカの上天気で
気温も高かった。
海に行き明日の夢紅のバザール用に写真撮影。
いろんな方々が参加されるのでそれだけで楽しみなんですが、
僕らは物づくりをしてるわけではないので当日は
自分たちの扱っている商品の紹介とお店の場所の案内をいたします。
並べるものは商品ではなく、僕らの私物。
ぼろぼろになってもずっと大事に着れる服と靴を見て頂こうと思ってます。
明日も天気が良くなりますように。

タイムトラベラー
元々TVが大好きだった僕は子供の頃から年末や正月は新聞の番組表とにらめっこで
特番や好きなタレントの出るものは見逃さないようチェックしてた。
お正月や大晦日しか観れない番組は当然で紅白なんて絶対に途中(演歌のおじさんのところ)で寝てしまうのにもう楽しみで仕方なかった。
最近は裏番組のK1などの格闘ものとチャンネルをガチャガチャ・・じゃなくて
くるくるかえながら観ているが。
おとといの月曜、普段はめったにみないNHKの番組に釘付けになった。
新聞の見出しからしてドキドキした。
「わが愛しのキャンディーズ」
内容はデビューから解散までのドキュメント仕立てで
良かったのは曲をきちんとまるごとワンコーラスでも最後まで流したところだ。
たった4年間の活動だったらしく僕が小学校6年から中3の間だった。
その当時の番組からの映像は懐かしく、
僕が思い出したのはその時に暮らしていた家だったり、
TVを観ながらも勉強する時間が気になったことだったり
(その頃はもう何時間でも机に向かって夜更かしできた気がする)
紅白を一緒に観ていた母やおばさんたちが
「スーがクァッタブラ(でぶ)だけど一番かわいい」って言ってたことなど。
番組を見ている間本当にタイムスリップしたみたいな感覚だった。
30年前なんてついこないだだったんだよね。
営業時間の変更
営業時間、
11時から19時まででしたが20時まで延長したいと思います。
元々、名瀬の時はずっと20時まででした。
引越しして市街地から遠くなったら遅い時間にお客様がいらっしゃることは
あまりなくなるだろうと勝手に考え、日没くらいで閉めたほうがいいかも
と思ってました。
ところが、実際お客様とお話していると空港への送り迎えや、また
平日のお仕事帰りにここまで来たくても7時だと間に合わない、
ぎりぎりだと落ち着かないし・・といったご意見が多かったので
夜もゆっくり来ていただけるように延長します。
よく、なんでこんな場所で洋服屋さん?って言われます。
そんな辺鄙な場所で営業してること自体、実験的なものなので
営業時間だって本当は型にはまったものでなく極端な話、24時間営業でも
面白いと思うのですが・・・やりすぎですよね。
昼の部と夜の部で雰囲気を変えてみるとか、ちょっと楽しんでやってみようと
思っています。
師走
昨日はしとしと雨の一日
風はほとんど無かったが今年一番の寒さだった。
お店がOPENした9月はまだまだ真夏で店の中でマフラー巻くなんて
想像もできなかったけれど南の島にもちゃんと冬が来た。
セーターやブルゾン、コートなどの真冬のアイテムがやっと違和感なく
並んでいる感じ。
夕方、夢紅の夢元さんと紅さんがイベントのパンフレットを届けに来てくれた。
これは12/10の日曜日に夢紅の庭で行うもので僕らも参加することに。
詳しくはまた近くなったらインフォメーションします。
今日から、スカパーでWOWOWが観れるようになった。
映画を映画館で観る機会が少なくなり、ビデオをレンタルするのも遠くて
ちょっと返却が煩わしくなっていたので手軽に観れるのが嬉しい。
何年か前の大晦日に生放送でAEROSMITHのLIVEをやってたりしたのだけど
コンサートなども簡単には行けないのでこういう企画もまたやって欲しい。
休日の過ごし方
今日は定休日
一人で茅ヶ崎に住んでいた頃、休みの日はたいがい自転車に乗っていた。
朝起きると海のそばのマックに行き、コーヒーをおかわりして
ゆっくり新聞を読む。
それからそのまま海沿いを走り鵠沼あたりまで行く。
お散歩中の犬たちと一緒にボードウォークで寝っころがる。
そして緑のなかの図書館で本やCDを借りて帰る。
普段通勤で駅に行くのも自転車だったし、
自転車での行動範囲は広く鎌倉も平塚も自転車で行った。
ママチャリだけど。
そうやって適度な運動をしていたのだと思うが
ここではちょっとでかけるときでも車に乗ってしまう。
へたをするとゴミを捨てるときだって。。
同じ海のそばでも湘南には何でもあった。
茅ヶ崎の駅前だけでもファーストフードの店は全部揃ってたし
、ツタヤも映画館もあった。スタバが出来たのも嬉しかったな。
奄美がそうなったらいいとは思わないけれど
もう少し海沿いが発展して日々の暮らしが活気づいたらいいと思う。
とりあえず近くに図書館があったらいいなぁ。
青年ですから
airyのタイトルで立ち上げたblogなのでもっと
店や商品のことを書かなくてはと思うのだけれど、
もうすっかり個人日記のようになっている。
で、開き直りついでに昨日は自分の誕生日。
何歳だっけって考えるときに昭和何年生まれだからではなく、
西暦で数えるようになった。
60年代頭に生まれたから変な言い方だけど70年代も80年代も90年代も知っている。
そういえば現在は00年代っていうのかなぁ。それも変だ。
それぞれの時代のファッションや音楽、流行したもののほとんどは
今となってはちょっと考えられないくらいダサくて恥ずかしく感じるものが多い。
なんでこんなのが流行ったのだろうと不思議な感じ。
でも昔から変わらずに今も格好よくいいなと思えるものもたくさんある。
流されて消えていくのが流行りなら僕はずっと残るものがいい。
もうこんな年になったんだって自分でも驚くが気持ちはずっと青いままだ。
christmas song
早いものであと約一ヶ月で今年も終わり。
月初めの出張で行った東京ではお店をまわるたびに
クリスマスソングが流れていた。
不思議とどこも曲が同じだった気がする。
年々、仕掛けが早くなっている気もするがやっぱりなんとなく
ワクワクするし、なんだか平和な気分で年末を迎えたくなる。
みんなが幸せな気分を味わいながら一年を終えるのがいい。
うちも昨日からBGMはクリスマスソング。
瓢箪スピーカーだけだと少しさびしいのでヤマハのスピーカーを一緒に鳴らす
ことにした。狭い店だがうまく反響して音のバランスがとれ、いい感じ。
やっぱり音楽の力はすごい。まだ暑くてもちゃんと冬の景色に変化した。
周りが真っ暗なので今年はイルミネーションにも挑戦してみたい。
子供たちへ
近頃のニュース、連鎖反応のようにいじめによる子供の自殺が報じられる。
自分の命を絶つのがそんなに簡単な訳が無い。
よほどつらい目にあったのだろう。
生きていることより死を選ぶほうが楽だなんて
子供に夢を持たせることができない世の中がくやしい。
群れで生きる生き物にとっていじめは本質的にあるのかもしれない。
無意識の中のいじめ、いじめる側が気がつかないうちにいじめている
ケースはいくらでもあると思う。
どっかで知らないうちに誰かを傷つけていたり、あるいは傷つけられたり。
自分自身いじめにあった記憶はない。
もしかしたら、どこかでいじめられてても忘れてるか、
気が付かなかったのかもしれない。
逆もある。
ただからかっただけのつもりが相手にとっては苦痛だったってことは
きっとあったに違いない。
人の好き嫌いは自分を基準にしたときに勝手に解釈して生まれるものだから
苦手な人(人たち)からちょっかいだされたり、
からかわれたりしただけでいやな思いをする。
そして時には自分が信じたり好きだった相手からいじめを受けたり
(本当はそうじゃなくても受け止め方で)もするから余計に人を信じられなくなる。
自分がいじめられてると思うとそれはどんどん深みにはまって
そこから抜け出せなくなる。
親や先生にも言えなかったり、たとえ相談しても解決しないのは
自分の意識がそこから抜けられないからだ。
大事なのはいじめられる側がその行為を意識のなかで
余計にふくらまさないことだと思う。
どんどんエスカレートするのはもうそういう関係でしか
関わることができなくなっているからだ。
個性を大事にするなら自分をちゃんと大事にしないといけない。
無理に人に合わせることはない。
学校、社会どこにいても人と関わるのは当たり前。
特に学校は自分で選んだ人たちと一緒になるわけじゃない。
なかば、強制的にひとまとめにされる。
そしてそこにはいろんなタイプの子がいる。
すべての子と仲良くでき、それで自分の個性を守れるなら一番いい。
中にはリーダー格の子供がいたり、なじめずに浮いてしまう子もいる。
浮かないようにちからのあるものについていってしまうのが大半の子供。
浮いてしまった子はいじめの対象になる。
浮いてしまった子に大切なのはそのときに自分がいる場所は世の中で
本当にちっぽけな世界で長い人生のなかではほんの一時。
そこから今は飛び出すことができなくても、いつか世界は必ず開けるので
それまでは自分が大事にしてるもの、
他の人にはないものを磨く時間にしてほしい。
世の中はひとりで勝手に生きていけるところではない。
どんなときでも人と関わって生きていく。
だから自分にとって大事なパートナーや仲間を見つけることが大事。
それでも相手にあまり期待をしてはいけない。
自分が誰かのために何ができるかを考える。
そうやって自分も幸せになれる。
雨に煙る風景
昨日は一日雨。
けさも雨の音で目が覚めた。
昨日は朝から激しい雨が降っていたので、
窓の外の景色がいつもと変わって見えた。
さびたガードレールを伝って坂の上から下のほうへ雨だれがおちる。
目の前の建物の屋根の色や壁、アスファルトの道路の色が
どんどん濃くなっていく。
店の横には車一台分のひさしがあリ、雨は入ってこないから
窓は全開のままにした。
ブリキのバケツに落ちる雨の音が気持ちいい。
雨のカーテンで遮断され少し世の中から隔離されたみたいな気分になる。

脱!ケータイ(したらいいのに)
ケータイを持つようになってから12年。
ずっと無いと困る存在だったんだけど
今では、時計がわりに使っているだけだ。
カメラもデジカメがあるし、音楽携帯プレーヤーだって別に持っているし、
メールやインターネットだってPCで十分だ。
今は家族、兄弟、みんな一人一人持つのが当たり前のようになっているが
本当に必要かなぁ。
なんだか無駄に思えてきた。
うちの場合二人暮らしだから
どちらかが一人で出かけたときにすぐ連絡取れるように一家に一台あればいい。
そういうわけで一台を解約してもう一台はどうせなら新しい機種にするか、
いっそのことauやめてソフトバンクにするかとかドコモに戻るかとか考えている。
電気屋さんで三社の機種をまとめて見てみたがもう最近のケータイは
さっぱりわからない。
機能がシンプルで見た目もすっきりのデザインで行こうかなとも思うが
それでもなかなか決められない。
そんな最新のものにだんだん興味が無くなってきたり面倒くさくなってくる。
じじぃに近づいてきた証拠だ。
今はケータイがないと子供だってコミニュケーションが取れない時代らしい。
まだあまり普及してない頃、僕はNOKIAのちょっと大き目のやつを使っていたが
子供の頃に想像した未来の道具のようでわくわくした。
今は電車の中でみんながうつむいてケータイを覗き込んでいるのが
異様な感じもする。
便利なものがたくさんできてそのかわりに失ったものも多い。
それは僕自身もそのなかにいて振り返ることでやっと気が付く。
今はできるだけ余計なものは持たないほうが楽だ。
