『坂の下の湖』 伝えたい言葉

そりゃ大人になれば、いろんなことが解りすぎて、次第に夢や希望を持てなくなり、不平や不満ばかりでてくるのは仕方ないだろう。
でも、
『どんなに息苦しくて閉塞した社会だろうが、きみの青春は今の時代にしかない。
むざむざ時代の空気に染まって、周囲と同じ暗い顔をしている必要などない。
きみは仕事でも恋でも夢でも、自分勝手に追いかけて行けばいい。』
この石田衣良さんの言葉に僕は激しく同意する。
当然、若い世代に向けられた言葉だけれど、まだまだ未熟な僕らだって似たようなもん。
どの時代をいくつで生きようが、今を楽しまないのはもったいない。
無責任だと思うかもしれないが、僕は今、この瞬間も子供のように夏を楽しみたいと思っている。
なんにもない、時が止まったようなシンプルな夏がここにはあるよ。
みんな遊びに来たらいいのに。

花火

日曜の夜、相棒のほうから珍しく「花火、見に行かない?」と誘ってきた。
栗に初めての経験をさせたいらしい。0歳の赤ん坊にドーンと心臓に響くようなうるさい音は大丈夫だろうかと心配だったけれど、やっぱり花火は夏の風物詩、観ないと損。少し離れた場所なら大丈夫だろうと、急いで夕食を済ませ、シャワーを浴びて出掛けた。会場はすでに人でいっぱいで車も並んでいたから駐車場には入れず、ぐるぐる回って路上の空いたスペースに停め、そのまま車の中から空を眺めた。花火の上がる前の空のスクリーンには贅沢な前座みたいにたくさんの星が輝いていた。会場からだいぶ離れたつもりだったがそれでも結構近くて、音も凄かったけれど、ちびは全く動じず、すーすーと寝息を立てて寝ていた。せっかくの初体験はお預けだ。
二人で次々に上がる花火を見ていたら、記憶はなぜか30年も前に飛び、『夏』がどれだけ特別でわくわくしたかを思い出した。頭の中の18歳の自分がハッと気付いたのは、こんな夜に、こんな夜なのに、Tシャツに短パンにサンダルなんてありえない!一番のお気に入りのシャツを着て、パンツを履いて、スニーカーもそう、目いっぱいおしゃれをして出かけるだろう!誰かと会う約束をしたわけでもないけど、何かを期待しておしゃれをする。お祭りの日だけではなく、いつでもそんな気分だったはずだ。
私服を気にしだしたのは中学生くらいからだったろうか。洋服やでありながら、どこへ行くのもなんでも同じで過ごしている今の自分はその頃の僕からすれば「あっげー!」だ。きっと。
せめて家族全員で浴衣だな。

スコール

島がだんだんと活気づいている。
里帰りのお客様や観光でいらしたお客様(リピーターが多いのでやっぱりお帰りなさいの気分)
初めましてのお客さまの笑顔も嬉しい。
ここ何日か、太陽ぎらぎらのいい天気だと思っていたら、もくもくと大きくなった入道雲がぶわーっと近づいて来て、洗車機のシャワーのような雨を降らす。斜め45度くらいで家に飛び込むように降ってくるから、急いで窓を閉めたり、洗濯物を取り込まなければならない。
日中だけでなく、夜中や明け方も、クーラーをつけず網戸で寝てるので、あわてて飛び起き窓を閉めて回る。
おかげで寝不足になるけど、まぁ平和でのどかな夏の自然との闘い。
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遺伝子

今日から7月、初日くらい更新しとかなくては。あと、ずっと忙しくてパソコン開く暇もないかもしれないのだから(嘘)
図書館で借りた三冊の本のうち二冊が偶然にも同じテーマを扱った内容だった。
ドナーバンク、父親の不明、遺伝子・・前回の日記と重なるようだが、父親の存在についてまた考えさせられた。僕は遺伝子や家庭環境によって、子どもの性格や人生が決まってしまうとは思いたくない。誰だっていいところ、悪いところ、長所、欠点を持っている。それを自分で知り、ちゃんと抑え込んだり、また活かすことができたらいいと思う。僕自身は子どもの頃から父のようになりたくない、ならないよう、似ないように生きてきた・・・つもりだったが、大筋は父と同じような軌跡をたどっている気もする。ずっと反面教師のように思ってきたのにだ。抑え込もうにもできないこともあった。そして未だ自分を活かすこともできずにいる。しかしこの年になってもまだ僕は自分を信じている。ちゃんと何かの、誰かの役に立ちたいと思っているのだ。子供が自分に似て欲しいとは思わない。それぞれの個性があり、違う魅力が育つほうがいい。ただ、笑ったり泣いたりするツボが同じだったりするとちょっと嬉しい。

父の日

スターチャンネルやWOWWOWの無料期間にため込んだジムキャリーの『ふたりの男とひとりの女』『トゥルーマンショー』『ライアーライアー』を観た。どれも一度観たものばかりだったので、大体というか、ほとんど覚えていたが、それでも10年前のものだったりで改めて観てみたら新鮮だった。最後に観たのがライアーライアーだったので、その感想みたいになるが、やっぱり男親って悲しい。子供に愛され(続け)る父親になるのって実はすごく大変で難しいことなんじゃないかと思う。駄目なところたくさんあるのに虚勢をはって厳格な父を演じてもすぐ見透かされてしまうし、そのままいいかげんさをさらけ出したらそのうち相手にされなくなる。どんなに恰好悪くても素直に一生懸命愛情を注ぐしかない。お互い傷つけたり傷ついたりしながらも。
「父の日」影薄いなぁ。でも、普段は忘れていても今日は父の日だということで思い出すこともある。そのためにあるのかも。まぁ親は子供の日じゃなくてもいつも子供のことを思っているんだけどね。
誰かの父でもあり、また誰かの子でもある自分。一緒に過ごす時間はやはり宝ものだ。今までもこれからも。

ほらしゃでおっしらん

この蒸し暑さは島の夏だなぁ。
もう梅雨明けしたと思う。長い長い夏のはじまりだ。
前回の5の倍数、5日は休まずに営業したので明日は11日ぶりの休み。
いろいろと用事はあるが、のんびり過ごそう。
軽い咳だったのが本格的なのどが痛い咳になった。
久しぶりに風邪薬を飲む。少しぼーっとする感じが錯覚したリラックスな気分。
チビも薬のせいか良く寝る。夜中も一度起きるくらい。
テーブルに引っ掛けた椅子に座ったまま、ラジオから流れる曲に合わせてチビが手足をばたつかせて踊る。
曲が変わって新しくイントロが流れると、パッと僕の顔をみて、まるで「この曲もいいねぇ!」と言ってるみたいに笑い、またばたばたと手を上下に振って体を揺らす。
眩しい夏の風景と音楽、子供の頃の僕の記憶と同じなら
「なんてこの世界はキラキラして、わくわくして、楽しくて、嬉しくて仕方ないんだろう!」って感じてるはず。

朝までぐっすり眠りたい

夜中に目が覚めて眠れなくなった時はHDDにため込んだ映画のビデオを観る。
途中でまた自然と眠くなったら寝るし、無理に寝ようとしなくても大丈夫。
と、自分のことならいいのだけれど、ちびに起こされるのはちょっと困る。
いつもは、しばらくあやしたりおっぱいを飲ませたりすれば、すぐにまた寝るパターンだったのに昨日はなかなか寝てくれなかった。仕方なくあやしながら観ようとTVをつけてみたが、ぐずるので集中できずにあきらめる。パッチリ目を開け、暑いのか、うーんうーん唸りながら首の後ろをぼりぼり掻きむしるのだ。
なんとか寝かせようと仕方なくドライブ作戦に打って出た。しかし夜中に目的もなくうろうろするのは辛いのでデザートでも買おうと龍郷のコンビニへ行くことにした。案の定すぐに寝たが、コンビニに到着し、エンジンを止めた瞬間にまた泣き始めた。そのまま何も買わずにUターン。また寝たのでそうっと抱きかかえて家に入り、恐る恐るベッドに寝かせたが、タイミング悪く僕がせき込んでしまい、また起きてしまった。
結局、同じことの繰り返しで家の中で抱っこしながらまたうろうろ。ようやくおっぱいを飲んで寝たのが4時半頃。起こされたのが0時半くらいだから約四時間の格闘だった。本当にもう・・
でも、朝ご機嫌で笑う顔を見ると全部吹き飛んじゃうんだよねぇ。いやぁ参った。
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地球上のどこであっても原発なんていらない

ついに5月は丸一ヶ月のあいだ、日記の更新なしに終わってしまった。
こないだの台風が過ぎてからの三日間はまさに絵にかいたような夏の風景だった。
雨が降り続いていたそれまでの日々はうっとおしく時間がとまり、目や耳に入ってくるニュースも辛いことばかり。頭にきたり、がっかりしたり、悲しくなったりの連続。ストレスは溜まる一方だった。
たとえば、真冬に靴下履いまま厚い布団をかぶって寝てしまい、のぼせて布団を蹴飛ばして起きたいけれど
ものすごい力で上から押さえつけられてジタバタしてるみたいな、もしくは大雪の日にぶくぶくのダウンジャケットを着たまま満員電車に乗ったら途中で電車がストップしてしまい、窓も開けられず、知らない人と密着したまま身動きできなくなってしまったような、本当に息苦しくてそのうち頭の中がちりちりなって爆発してしまいそうな・・・
そんな気分だった。
雨の中を思いっきり走ってずぶぬれになったら少しは気分がスッキリするかもしれないとか、ジャックの豆の木みたいに空に昇っていって分厚い雲をかきわけ、青空を見つけてぶはーって思いっきり息を吐けたらどんなにいいだろうとか・・・もっと身近で現実的にビールを飲んだりコーラを飲んで思いっきりゲップでも吐くかと思ったけれど、やっぱりため息しか出ないような気がしてやめた。
台風の夜は本当に怖かったが、通り過ぎた日の朝の鳥の平和なさえずりや海や空の青さは爽快で、一気にその溜まったストレスを遠くのほうに押しのけてくれた。やっぱり、僕らは自然の中で生きているし、生かされている。怒ったり泣いたり笑ったりしながら共に生きている。人間の都合のいいように変えようとするのが大きな間違い。
これだけ苦しめられても、未だに「安全に注意しながら推進していこう」っていう人の気持ちが解らない。
もうこれ以上自然を破壊する必要はない。産業や経済の発展なんてくそくらえだ!
美味しいものを食べてみんなで健康に笑って暮らせればそれだけで充分。