あさドラ受け

今日のあさイチで中園ミホさんのインタビューを観た。

やなせたかしさんとのつながりを語られていた。僕は「ボクと、正義と、アンパンマン なんのために生まれて、なにをして生きるのか」を先日読み終わったばかりだったので、やなせさんが子供たちのために伝えたかったことにとても共感し、またドラマでちゃんとそれが表現されていることに感動していたから、中園ミホさんのエピソードは、なるほどそれでと感心し涙腺まで緩くなった。

伝えたかったことがちゃんと繋がってまたそこから広がっていく。涙が出たのは僕に「たくさん詩を書きなさい」と教えてくれた先生を思い出したから。詩を書く人は本当に強くてやさしい。

ー 実はこの本、僕は図書館で借りたんだけどね、例えば、今が旬だから目立つところに飾っておくなんてことは全くなく、埋もれているのをたまたま見つけたんです。また、本屋の店頭でちゃんと紹介されてたらきっと買ってたと思うんだけど。。

2025 08 13

ばーばと甥っ子のさく太郎を車に乗せて叔父の店、高千穂理容室に行く。少し手前の道から赤と青と白のくるくる回る看板が回っていないのが見えた。もしやの不安的中、本日は午後から営業しますと張り紙がしてあった。残念ながら出直すことに。出てきたついでにさく太郎の好きなサンドイッチカフェのフライドポテトを買いに行く。家でお留守番中の妹とパパとママの分のサンドイッチも一緒に注文した。「揚げたてをお持ちしますので5分ほどお待ちください」と言われ、待っている間空いてる席に腰かける。その時、隣の席に座っている女性と目があった。お互い、あれ?って感じだったがすぐに目をそらす。違うよなぁ?ちらちらと視線を送るが目は合わない。迷ったが声を掛ける勇気はない。似ているだけかもしれないし・・・それよりもむこうは気が付いたけれど知らないふりをしてるのかもしれない。それはなんだか悲しいし寂しいけれど。それよりも、もし違ってたらこんなじじぃから同級生と間違えられたら迷惑だよなとか考え声をかけるのをためらった。たしかにその女性は僕よりも若くみえた。ふとテーブルの正面に目を向けるとさく太郎が居心地悪そうに座っている。そうだ、何か話さないと。「なぁ、さくは奄美小だよな。さくのパパもオレも同じなんだけどさ、昔は幼稚園も一緒の敷地にあってね」となんの脈絡もない話を唐突に始めた。微妙な表情のさく太郎。「その幼稚園の時にオレ、いじめっ子だったらしいんだ。しかも女の子に」さく太郎の目がすこしだけ光った。「自分ではよくわからなかったんだけど、ある日みんなの前で先生に注意されたんだ。君はどうしてHちゃんばかりいじめるの?って。そのあと先生は少し意地悪そうに笑って言ったんだ。Hちゃんが好きなんだよね?って」さく太郎がひぇーって笑った。さく太郎の反応はもはやどうでもいい。となりは?となりの彼女の反応は?ーもしも、彼女が同級生のHちゃんなら、、、おそるおそる隣をみる。まったく聞いていなかった。普通に連れの女性としゃべってるしー。人違いかー
結局声を掛けられないまま店を出る。ばーばとさく太郎を家に送った帰り道、先ほどの女性が向かいの歩道を連れと一緒に歩いてくるのが見えた。落ち着いてみるとやっぱりそうだ。間違いない。でも車の中から声を掛けることはできない。もう一度こちらを見てくれないか、目があえばと期待したが、そのままあっさりとすれ違った。同じ島の中で暮らしていればばったり会うことなんて珍しくはないだろうが同窓会すら出ていかない僕はどんどん疎遠になっていくばかり。ばーばの言う通り、年を重ねれば重ねるほど同級生って嬉しいしありがたいもんよって。勝手な想像だが彼女は今とっても幸せそうに見えた。僕は何を気後れしたのだろう。ただ元気?って声をかけるだけで良かったのに。

大晦日

今日で2006年も終わり。
最近は平成何年というよりも西暦のほうがわかりやすい。
新しい年2007年はなんとなく響きがいい。
日々の積み重ねは年が変わったからといって
がらっとスイッチのように切り替わるのではないが
やはり気分を新たにしたい。
最近少し気になるのは自分の行動範囲のせまさだ。
以前は車でも、自転車でも、歩きでも、電車に乗ってても毎日が
小さな旅を続けているような気分で楽しんでいたのだが
今はもっと自由になったはずなのに休みの日でも外出は用事に追われたり、
それが嫌で家でのんびりしたくなったりとちょっと、らしくない。
日々を楽しむコツを忘れてしまっているのか。
ここはゴールではないし、島が狭いからでもない。
来年はもう一度日々の暮らしを旅するように楽しみたい。
島がもっといきいきと活発になるように。

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