子供たちへ

近頃のニュース、連鎖反応のようにいじめによる子供の自殺が報じられる。
自分の命を絶つのがそんなに簡単な訳が無い。
よほどつらい目にあったのだろう。
生きていることより死を選ぶほうが楽だなんて
子供に夢を持たせることができない世の中がくやしい。
群れで生きる生き物にとっていじめは本質的にあるのかもしれない。
無意識の中のいじめ、いじめる側が気がつかないうちにいじめている
ケースはいくらでもあると思う。
どっかで知らないうちに誰かを傷つけていたり、あるいは傷つけられたり。
自分自身いじめにあった記憶はない。
もしかしたら、どこかでいじめられてても忘れてるか、
気が付かなかったのかもしれない。
逆もある。
ただからかっただけのつもりが相手にとっては苦痛だったってことは
きっとあったに違いない。
人の好き嫌いは自分を基準にしたときに勝手に解釈して生まれるものだから
苦手な人(人たち)からちょっかいだされたり、
からかわれたりしただけでいやな思いをする。
そして時には自分が信じたり好きだった相手からいじめを受けたり
(本当はそうじゃなくても受け止め方で)もするから余計に人を信じられなくなる。
自分がいじめられてると思うとそれはどんどん深みにはまって
そこから抜け出せなくなる。
親や先生にも言えなかったり、たとえ相談しても解決しないのは
自分の意識がそこから抜けられないからだ。
大事なのはいじめられる側がその行為を意識のなかで
余計にふくらまさないことだと思う。
どんどんエスカレートするのはもうそういう関係でしか
関わることができなくなっているからだ。
個性を大事にするなら自分をちゃんと大事にしないといけない。
無理に人に合わせることはない。
学校、社会どこにいても人と関わるのは当たり前。
特に学校は自分で選んだ人たちと一緒になるわけじゃない。
なかば、強制的にひとまとめにされる。
そしてそこにはいろんなタイプの子がいる。
すべての子と仲良くでき、それで自分の個性を守れるなら一番いい。
中にはリーダー格の子供がいたり、なじめずに浮いてしまう子もいる。
浮かないようにちからのあるものについていってしまうのが大半の子供。
浮いてしまった子はいじめの対象になる。
浮いてしまった子に大切なのはそのときに自分がいる場所は世の中で
本当にちっぽけな世界で長い人生のなかではほんの一時。
そこから今は飛び出すことができなくても、いつか世界は必ず開けるので
それまでは自分が大事にしてるもの、
他の人にはないものを磨く時間にしてほしい。
世の中はひとりで勝手に生きていけるところではない。
どんなときでも人と関わって生きていく。
だから自分にとって大事なパートナーや仲間を見つけることが大事。
それでも相手にあまり期待をしてはいけない。
自分が誰かのために何ができるかを考える。
そうやって自分も幸せになれる。