月夜に潜む

玄関に通じる居間のドアがガチャガチャなる音がしたので、オンが外にトイレに行きたいのだと思い頑張って起きたら、もうすでに部屋の中のトイレシーツの上におしっこと大きなウンチをした後だった。朝ごはんを催促してくるがまだ5時過ぎだったので、「あと一時間待て」とソファに一緒に座るように合図した。あきらめきれないのかまた玄関に行くので仕方なく一緒に外に出る。店の裏の駐車場に行ったら、まだ暗かったけれど月が照明のように薄く明かりを灯していて綺麗だったので散歩をしようと海のほうではなく国道沿いに向かった。道路を渡り、緩やかな坂を下り始めたとき、いつものように後ろからついてきた子猫たちのうちの一匹がいきなり斜めに道路を横断しようとしたのが見え、同時に僕らの後ろ、空港のほうから一台の車がスピードを上げて近づいてくる音が聞こえた。ライトだけ眩しく光るが、きっと猫の姿には気づいていない。下手にブレーキを踏むほうが危険なくらいのスピードで、猫がこちらに戻ってこなければ一足早く向こうへ渡りきれるだろうと一瞬思い、そしてその通りに車が近づく前に無事向こう側の歩道へ飛び込むのを見た。しかし、安心したのはつかの間で、その後を追いかけたもう一匹の猫がちょうど、僕の目の前を車が横切る瞬間に飛び込んだ。ぶつかる音がしたのかどうかも憶えていない。でも小さな黒いかたまりがぽーんと弾き飛ばされる瞬間を見た。車の前ではなく、横に飛ばされた猫はそのままこちらに走ってきてバス停の裏の茂みに倒れこんだ。あまりの瞬時の出来事に僕は気が動転し、猫を凝視するが、それがクロッケなのかほっしゃんなのかも分からず、ただ目をしっかり開いて、こちらを見ていることが少し気持ちを落ち着かせた。暗闇で怯える猫のそばでオンは何かを口に入れボリボリと音を鳴らし、しきりに僕にからんでくる。いらついた僕は「静かにしろ!」とつい平手で頭を叩いてしまう。いったんオンを家の前につないで急いで戻る。猫はそのままそこにいて、そうっと抱き抱えて怪我の様子をみる。尻尾が長いからほっしゃんだとわかる。どこからも出血の痕はなく、つぶれているところもない。抱かれているのを嫌がり、足をじたばた動かすのでゆっくり下におろすと、後ろ足をひょこひょことびっこをひきながらまた近くの草むらの中に隠れた。歩けるのならば、しばらくそのままで大丈夫だろうといったん家に帰る。落ち着かないオンに餌をあげ、また外にでると三匹は揃って庭に戻っていた。一見いつもと変わらぬ風景だが、ほっしゃんはついさっき死にかけたのだ。もう少しでこの世から消えてしまうところで、ついこないだメス猫のクロクロが命を絶やさぬための本能をみせていたすぐそばで素知らぬ顔でほっしゃんはクロッケと同じオス同士でじゃれあっていて、僕もこの子達の母親が姿を見せなくなっても何の心配もせず、いつかこの子達だってそういう日が来るものだと本当に冷たいくらいに思っていたのに、目の前で命を失いそうになり、今またびっこをひきながら戻ってきてご飯を食べている姿を見て、突然、これが日常であり、死はいつでも僕らの生と隣り合わせで、悲しいのはそれを見ないよう、知らないように暮らしていることだとわかる。そういえばこの子たちが産まれた瞬間にも立会い、そのときも涙を流したが、そのときはやわらかく暖かな感情だったように思うが、今回は悲しみや怒り(いったい何に対してなのかわからない)や脱力感が入り混じった得体の知れない複雑な感情が湧いてきてまた気がつくとこらえきれずに泣いてしまっていた。