仕事=商売ではない

お客さんとのおしゃべりが楽しい。
たくさんお話して「それじゃまた」と笑顔で帰って行かれると僕らも嬉しくなる。
「お買い物しなくてごめんなさい」と言われると反対にこちらが恐縮してしまう。
服を売るだけが仕事ではないのだ。
しかし、
「素敵なお店ですね~」に始まり
「いつからやってるんですか?」
「地元の人が買いに来ますか?」
「客層はいくつぐらいの人ですか?」
「観光客は来ますか?」
「やっぱり女性が多いですか?」
で最後に「見学だけですみません」では最初からお店の見方が違う。もしそういう視点で興味をもち、質問をするのならばまず最初に自らの身分を明かさなければいけないし、すでにお客様ではないのだから買い物しなくてすみませんなんていう必要はないのだ。うちの扱っている服を作っているTさんは服なんて道具に過ぎないと言った。僕もそう思う。しかしその服はお客様に出会い、街や海や山に飛び出すことで島を楽しく彩る道具になるし、なにより着る人の気持ちが華やぐ。僕はそれが見たい。だから何度でも服を見にいらしてください。僕らはお客さんと一緒に喜びたいのです。

えのちち

そうっと目を開けると目の前にピンク色のおっぱいがあった。
ほんのり甘いミルクの匂いがした。母猫のふさふさした毛の遥か彼方に真っ青な空とぽつんと白い雲が浮かんでいるのが見える。振り返ると右耳が透けてみえるくらいに眩しい太陽があり、左には大きな鉄の塔がその青い空に向かってまっすぐに伸びていた。猫は前足をそろえて、おしりを後ろにぐーんと突き出すように伸びをしたあと、ゆっくりと歩き出した。母親がミャーと呼んだが、無視してそのままとことこと林を抜けて石の階段を下りていく。途中、イカを焼くしょうゆのこげる香ばしい匂いもしたが、まだ自分には硬くて食べれそうにないので無視してすすむ。大きな石の階段をひとつずつ飛び降りていくと目の前に青い海が見えた。ところどころきらきらと光を反射させながら、白い波をゆっくりと何度も島に向かって繰り出していた。岩場まで降りると人間のカップルが大きな石の上に座っていた。二人は海を見ながら美味しそうにおにぎりを食べている。猫に気づいた女の子は、手の中のおにぎりを少しだけ割って岩の上に置き、猫に手招きをした。しかし、まだおっぱいしか飲んだことがない猫は匂いを嗅いだだけで口にはしなかった。カップルは「またね」と猫に手を振り、その場を離れた。猫はそうっとあとをついていった。二人は岩場をぐるっと回って、もうこれ以上前に進めない行き止まりの標識の立つ場所まで行き、そのまま戻るのかと思ったら、すぐ横の細い獣道のようなところを登っていった。猫も大きな石の階段を登るのは嫌だったので、そのままあとをついていく。どんどん登っていって、もう少しでまた石の道に戻るというところで二人は足を止めた。道の横には石でできた手すりがついていて、それは海のほうに少しせり出すようになっていたから、下から登るにはちょっとぶら下がるようになってしまい危ない。下手をするとそのまま海に落ちてしまう。猫はしばらく下のほうで様子を見ていた。すると男の子は上手に手と足をひっかけ、簡単にするっと上にあがった。それから体半分を手すりのうえに大きくそらせて手を伸ばすと、女の子の手を握ってふわりと真上に引っ張りあげた。女の子の体は軽く橋の上に乗り、それからゆっくりと手すりを越えた。猫は自分も引っ張ってくれないかと思ったが、全然こちらをみてくれない。代わりに男の子は女の子に向かって、今登ってきたその崖の下を覗き込みながら、
「君のお父さんやお母さんに大事なお嬢様をこんな危険な目に合わせたなんて知れたら大変だな」と言って笑った。猫には意味がわからなかったが、自分のことはもう助けてくれそうにないので、自力で近くの木を登って石の道に戻った。元来た道をしばらく歩くと今度は目の前を大人と子供が並んで歩いている。家族のようだ。小さいほうの子供がお父さんの肩に乗って歌を歌っていたが、お兄ちゃんが「お前だけずるい!僕も肩車して!」といったのでお父さんは一度女の子を降ろし、今度は右手に男の子、左手に女の子を抱えて歩き出した。男の子も女の子もニコニコ笑ってお互いを見ている。たまにお父さんの頭をぺしぺしと叩く。お父さんは大きく腕を上げて子供たちをなるべく高いところに持ち上げ、のしのしと歩いた。お母さんはそばで心配そうに見ているが、やっぱりにこにこ笑っている。
猫は石の道を横にそれると草薮を抜け、野原の真ん中にぽつんと一本だけある大きな木の上に登った。大きな木の大きな枝によじ登り、がりがりと爪を研いだり、頬をすりすりしたり、くんくんとにおいを嗅いだりした。それから空に向かって高く前足を伸ばしてみた。宙を切るだけで何もつかめなかった猫はそのまま一回転して芝生の上に四本の足で降り立った。猫は今度は二本の前足をなるべく横に大きく広げて草の大地を抱えた。それから大きく息を吸い込むと空に向かい、力の限り大きな声でミャアーーンと一声鳴いた。
暗くなりはじめた空にはゆりかごみたいな月とぴかぴか光る星が並んで浮かんでいた。

ビーーール!

天気予報は雷雨注意といっていたが、雲は多いけれど一応晴れている。しかし蒸し暑い。湿気のベールが体中にまとわりついて重い。本当は今日は定休日なのだがでかける用事が夕方からなのと、もしかしたらお休みが変わったことを知らずにお客様がいらっしゃるかもしれないし、どうせ家にいるのだから、で店を開けている。昨日いらした新婚のH君が夕方「ビールを飲みたい!」と言ってたが、買い物してビール飲んで帰るなんていうのも今の季節には最高だろうなと思った。ただし、ちゃんと運転手がいないと駄目だけど。
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これは今日ではなくて最高のお天気だった先週の火曜日の風景
めっちゃ青いでしょ。

ちゃんとつながっていたし、また分かち合える

ちょっとだけ寝てすぐ羽田へ向かう。
電車の中でも昨日の続きを相棒と二人で話した。昨夜は自分で決めたとおりにお酒を一滴も飲まなかったのに、ふわふわと酔っ払っているような気分になる。その場に漂う熱にあてられたみたいだった。この一週間はいろいろな出来事がぴったりのタイミングで現れ、ずっと何かにやさしく導かれている気分だった。
飛行機は離陸するまで、いつものように時間がかかりずっと待機。すぐ隣に大きくECOと書いた別の機体が見える。「すぐに飛ばないのならエンジン切ればいいのに、ちっともエコじゃない」と相棒は文句をいい、そのまま寝た。話し相手がいなくなった僕はずっとひとりで妄想を続け、そのまま頭の中でひとつお話を作った。やはり空の上は感度がよくなる。で、戻ってきて、すぐにその昨日の熱をそのまま伝えに行き、またさらに大きく膨らむ。すぐにまた葉山にお返ししようと思ったのに今度は連絡が取れなかった。でもきっともうすでに答えはわかっていると思うので、それはまたゆっくり話せたらいいと思う。
「WHO NEEDS YOU」僕は高校生の頃、QUEENが好きでずっと聴いていたのだけれど、最近はTVのCMやドラマなどで、頻繁に使われていて、それは僕と同じ世代の人がそのCMなどを手掛けていたり、また車などはターゲットとしてその年代を狙っているかららしく、そのせいでなんだか聞き飽きて耳障りな気持ちの悪い声の代表みたいになってしまった。アルバムを通して聴けば、どの曲もすっと入り込めるのだが、CMに使われる曲よりも、『世界に捧ぐ』に入っているこの地味な曲が一番好きで、次は『オペラ座の夜』の「39」(サーンジュク!)
そして、昨日の帰り際に僕はTさんにハグされながら(僕よりも相棒のほうにながく抱きついていたのは気になったが)思い出したのは、2年前sigに英語で「彼は僕のことをどう思っているか知らないけれど、僕は彼を親友だと思っているんだ」とうまく言えなかったことで、
本人に直接言うなら英語に訳すのは簡単で、別に言わなくてもいいけれど、
「YOU’RE MY BEST FRIEND」だ。

豚肉、食べちゃいけない国もあるしなぁ

映画にしたら面白そうなんて軽く言ってはいけなかった。映画にするのは大変だ。きっとあのシーンはカットされて、いきなり美味しそうな料理(変わり果てた姿)で、でてくるにちがいない。それじゃぁ意味が無い。
その問題のシーンを読んだときは、あまりにも残酷で、そりゃ人間の勝手だと、りんごちゃんも急にかわいくなくなってしまったのだが、最後まで読みきったら全て納得できた。僕もそれならいっそベジタリアンになるぞと思ったところまでいき、ひっくり返された。読み終わってすぐに豚の冷しゃぶサラダ作って食べました。もし肉を食べる気がしなくなったら僕の場合、ヨーグルトやチーズばかり食べ続けると思います。
最近、オンの毛がものすごく抜ける。どんどん抜けて豚になったりして。そしたら自分にできるかなぁ。自分の命があとわずかならもしかしたらそうしたいと思うかもしれないが、絶対に自分ではできない。魚もさばけないくせにと突っ込まれそうだが、そういうことではなく、どうやったって自分の家族のように付き合っている動物を自らの手でつぶすなんて絶対無理!
(つぶすって島の方言じゃなかったんですね)

空のうえで

飛行機に乗る前に空港内の本屋さんに行ったら以前、ラスティックハウスさんのHPで紹介していた本があったので、迷わず買う。
飛行機に一人で乗るのも久しぶりで、疲れてたので寝ちゃうかもと思ったが新聞読んで、しっかりスープとコーヒーを一緒に頼み、まい泉のかつサンドとおにぎりを食べた。そして「食堂かたつむり」を読む。集中して読んでいても、いつも同時にいろんなことを考えてしまうくせがあり、想像を膨らませすぎてとんでもないところへ行ってしまったりするのだが、今回は読みながら映画を観ているような気分になり、でてくる風景や登場人物がすごく魅力的で次々とこの役は誰っぽいとか、勝手にイメージする。「渚のバルコニー」がでてきたときは僕が今書いている話とかぶったー!と思ったが僕のは世にでるわけではないので何の心配もいらない。でも、なんとなく近い感じもありちょっと嬉しい。ショックで声がでなくなって筆談にするというアイデアがすごくいいと思った。まだ途中なのでそこまで。でもおばあちゃん、熊さん、おかん、エルメス、インド人の彼、あとシニョリータも本当にそれだけで面白い映画になる。飛行機に乗る前にいつも、もしものことを考える。あれが最後になるのかと考え、ちゃんと話しておいてよかったなとまた全然違うことを考えていたら、いきなりエアポケットに入ったのか、本がふわっと膝から宙に浮いた。怖いと思った瞬間におなかがぎゅうわっと熱くなって体脂肪が燃える準備をしたような感じがした。火事場のクソ力ってもしかしたらこうやってエネルギーを爆発させるのかもしれないと思った。出張のときは普段の3倍食べるくせに、全然ウンチはでないのでおなかがぽっこり膨らんでおり、まさにクソ力・・・。
ミャンマーのサイクロンの記事でおもいだしたのが、僕が造園のバイトをしていたときに知り合ったミンタンたちのことだ。
ミャンマーから出稼ぎにきていた彼らは日本で稼いだお金で両親や家族のために家を建てるんだと言っていた。僕ら日本人はアルバイトでも日当1万くらいは稼げていたが、彼らは物価が違うからと、同じ場所で同じ仕事していても少し安く雇われていた。少し先輩格の日本人の学生に親方からもらった毎日のお茶代(缶コーヒー)までもごまかされていた。日本語がわからないから「お前、ゴム人形みたいな顔だな」とからかわれてたときも僕はつい、つられて笑ってしまったが、意味がわからず愛想笑いをする姿をみて、悪いと思った。ある日、僕が運転するトラックの後ろに彼らを乗せて高速を走っていたら土砂降りの雨が上がったあとに目の前に大きく綺麗な虹がかかった。振り返ると彼らも興奮した顔でいて、目が合うとなんどもうなずきながら笑った。そのとき言葉なんて通じなくてもちゃんと友達だと思えた。車を事務所に返してまた電車に乗るのだが、汚く汗臭い作業着のまま、渋谷のホームで一緒に缶ビールで乾杯した。みんな元気で生きているか?「オニイサン、スキナヒトイルカ?スキナオンナダクノガイチバンシアワセネ ダカラアソバナイヨ」と言ったのは僕じゃなくてミンタン。
飛行機が無事到着した。名前は知らないが真っ白な渡り鳥がいっぱいいて、こいつらは落ちる心配なんて全くしないで自由に飛び回っているんだろうなと思った。

欲しいものはいっぱいあるけれど

飛行機がでるのが7時で、ここを出るのが6時半くらいだからちょっと慌てて書いている。明日は定休日でお休みで、あさってはお昼過ぎ1時くらいにOPENします。
せっかく多くの人に見てもらえるチャンスなのに更新できないでいたのは、Tシャツの入荷を待っていたからで、綺麗な写真と一緒に、たまには洋服やさんらしいところをお見せしなくてはと思っていたのに結局間に合わなくて残念。お待ちいただいてるお客様、申し訳ございません。もう少しお待ちください。
頭でずっと考えていることを誰かに話したくても聞いてくれる人がいなければ意味が無い。今日は思いがけず、ちょっとだけそれができた。ちゃんと出張の前にそんな時間が用意されていたのだ。話すことも聞くことも何かを動かし、前に進むためのエネルギーになる。
やっぱり、プラスマイナスゼロが正しいと思った。
ただ何もしないのは当然マイナスで、たくさん動いても目指すのはゼロでいい。余分に稼ぐ必要はないのだ。
利潤を得ることだけを目標にしてる企業には絶対にわからないことだと思うが。と、一生お金持ちになれない言い訳を考えた。